中国赴任期間中に受け取った退職金の扱いは?中国個人所得税の実務シリーズ⑤
近年日系企業では中国に赴任する日本人駐在員を減らしていく傾向にありますが、赴任中に定年を迎えた駐在員をそのまま中国の子会社で継続雇用する会社もよく見聞きするようになりました。
中国赴任期間中に定年を迎えて本社の退職金規程に基づいて退職金を支給した場合、その課税関係はどのようになるのでしょうか?
特に退職金は高額であるため、課税関係をしっかり整理しておかないと日中両国で二重課税となるなど想定外の税負担を強いられる可能性があります。
中国での処理
ではまず中国ではどのように課税されるのでしょうか。
結論から言うと中国居住期間が満5年を超えていない場合は退職金を日本と中国での勤務期間にそれぞれ按分し、中国での勤務期間に対応する分のみ中国で給与所得として課税、居住期間満5年超の場合は全額を給与所得として中国で課税するという処理が一般的です。
中国国内法
中国では一般的に日本で言うところの退職金に該当するような、会社の定年退職時に一時金を支給する慣習がないため、中国の国内関連法規においてもそれを想定したものはありません。
(中国で一般的に退職金というと日本で言う公的年金や、国営企業などから支給される退職年金のことを言います。)
そのため、国内法に基づくと退職金はあくまで過去の勤務の対価の一括支給としてボーナスと同様の位置付けとなり、給与所得としての課税を受けることになります。
過去の労働の対価としての退職金は、その算定期間の内日本で勤務した期間に対応する部分は国外源泉所得と解されますので、中国での居住期間が連続して満5年を超えない場合、それが本社から支払われる限り中国で課税所得としないことができます。
一方、中国では居住期間が満5年を超えた外国人は翌年度以降満1年中国に居住した年度においては国外源泉所得にも課税されますので、その場合は支給された退職金全額が給与所得として課税されることになります。
(居住期間5年ルールの解説はこちら)
また、解雇の要件を満たすことで、解雇による経済補償金として支払う方法もあります。
これはそれなりに実態が伴っていないと租税回避とも取られかねないのであまりお勧めはできませんが、中国では退職金の規定がない一方、解雇による経済補償金の支出は一般的ですので、これに該当すれば補償金額を最大12で分割した金額を課税標準として税額を計算し、更に個人所得税を一部免除するような特別な規定が設けられています。
日中租税条約の適用
続いて租税条約において特別な規定がある場合は国内法に優先して適用することが可能ですので、日中租税条約においてどのように定められているかが問題となりますが、日中租税条約第18条においては以下のように定められています。
次条2の規定が適用される場合を除くほか、過去の勤務につき一方の締約国の居住者に支払われる退職年金その他これに類する報酬に対しては、当該一方の締約国においてのみ租税を課することができる。
これは、「退職年金その他これに類する報酬」に該当する場合は居住地国、つまり中国居住時に支給されると中国のみで課税、日本居住であれば日本で課税ということを定めたものです。
中国居住期間中に支給されたものであれば、わざわざ租税条約を適用して全額中国で課税する処理を選択するケースはあまりないと思われますので、その場合は上記の国内法に則って居住期間満5年以下であれば中国勤務期間対応分のみ中国で申告するのが一般的です。
これに対して、仮に定年後に引き続き中国で再雇用を受ける場合でも、一旦日本に帰国して日本居住者のステイタスとなった状態で退職金の支給を受けた場合には、それが中国で「退職年金その他これに類する報酬」と認められれば中国勤務期間分を含む全額について日本で課税を受けることができます。
そのため、日系企業の支給する退職金がここで規定する「退職年金その他これに類する報酬」に該当するかという点が問題になりますが、その定義について中国では明確に定めた規定はありません。
普通に考えると退職一時金は退職年金とは異なるものと思われますが、上記の通り中国ではそもそも退職金の概念がないので、「退職年金その他これに類する報酬」に対する解釈も日中両国で異なっている状況があります。
日中租税条約の退職年金規定と同様の条文を含む中国シンガポール間の租税条約及び類似の条文を含む中国タイ間の租税条約の条文解釈によると「その他これに類する報酬」の中には雇用関係の終了時または終了後に一回限りで支払われる退職金を含むとされており、一方で一部の通達では一回限りの退職慰労金はその範囲に属さないとされているなど、当局の解釈と通達の間でも矛盾が生じています。
OECDモデル租税条約コメンタリーによれば、退職年金の基準は大別すると、 (1)法定社会保険制度(2)企業年金制度(3)個人退職年金制度とされていますので、これをもとに考えると日系企業の退職一時金は該当しないと解されますが、そもそも中国はOECD加盟国でないためOECDの解釈を採用する必要がないといった見解もあります。
そのため、退職金について日中租税条約の適用を受ける場合には、退職金の性質に着目して個別に適用可否を判断していく必要があります。
日本での処理
日本では中国居住者、つまり日本の非居住者である海外出向者が中国で受け取った退職金は、原則中国赴任前の日本での勤務期間に対応する部分のみ日本国内源泉所得として20.42%の所得税が源泉徴収されて課税関係が終了します。
ただし、居住者として申告することも選択適用でき、日本居住者の場合退職金は退職所得控除額を控除し、控除後の金額の50%を課税標準として所得税を計算するため、通常は居住者として退職所得の申告をした方が税額は低くなります。
居住者として申告する場合は、確定申告により源泉徴収額との差額の還付を受けることができます。
参考規定:日中租税条約、「個人が労働契約の解除により取得した経済補償金にかかる個人所得税の徴収問題に関する通知」(国税発[1999]178号通達)、「個人が勤務企業との労働関係解除により取得した一回限りの補償金所得に関する個人所得税の徴収免除問題に関する通知」(財税[2001]157号通達)
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