外国人は増税?中国の改正後新個人所得税法を簡単解説!
2018年8月31日、第13期全国人民代表大会常務委員会第5回会議において個人所得税法の改正案が表決に至りました。
これにより、これまで審議されてきた改正案が正式に採択され、施行されることとなります。
改正の内容については、これまでお伝えしてきた審議の内容と大きく変更はありませんが、大規模な改正となるため、再度現行法との差異に着目して内容をまとめたいと思います。
(これまでの中国個人所得税の仕組みについてはこちら)
1.中国内居住者の定義の明確化
現行法においては、外国人の中国での納税義務の有無は暦年単位で中国に満1年居住しているか否かという点を元に判断することとされています。
一方今回の改正案では、暦年あたり183日以上中国に居住する個人を居住者とする183日ルールの概念が導入されました。
この点において、日本からの出張者はこれまでも中国の国内法ではなく日中租税条約に基づいて183日ルールにより納税義務を判定するのが一般的であったため、出張者の納税義務の判定においては実務上新法でも大きな変化はないものと思われます。
2.分離課税から一部総合課税の導入
現行法では11種類の所得について全て分離課税としていましたが、そのうち給与・賃金、役務報酬、原稿料、特許使用料の4項目の労働性所得については合算した上で同一の累進税率を適用する総合課税となります。
さらに、上記を合算する際役務報酬、特許権使用料は費用として20%を控除した後の残高を収入額とし、原稿料は費用として20%を控除し、それに70%を乗じた金額を収入額として計算します。
それ以外の所得については引き続き分離課税となります。
3.所得税率の変更
給与所得の所得税率は下記の通りに変更されます。
3%から45%の7段階のまま変更はありませんが、3%~25%が適用される所得額を引き上げることにより、中・低所得層にとっては大きな減税となり、本改正による減税額は総額3,200億元に及ぶと見込まれています。
三険一金(養老保険、医療保険、失業保険、住宅積立金)による控除額を仮に収入の22%と仮定した場合、月額給与が1万元の場合の減税額は241元(325元→84元)、2万元の場合は1,170元(2,020元→850元)となり、かなりの税負担の軽減となることがわかります。
一方30%以上の税率が適用される所得部分については変更はないため、高税率が適用される外国人にとっては実効税率にはそれほど大きな影響はありませんが、25%以下が適用される所得部分は丸々減税の影響を享受できることとなります。
個人事業主等に適用される経営所得は、5%~35%の5段階のまま変わりませんが、各税率が適用される所得額は変更となり、35%の最高税率が適用される所得は現行の年10万元から50万元に大幅に引き上げられます。
4.基礎控除額の増加と外国人追加控除の廃止
上記2.により4項目の労働性所得が総合課税となったことに伴い、基礎控除額が統一されます。
これまで給与所得の基礎控除額は個人所得税法施行時の月800元から段階的に引き上げられ、現在3,500元となっていますが、本改正では更に月5,000元(年6万元)まで引き上げられることとなります。
これにより基礎控除額に満たない労働者の割合が増加し、都市部の労働人口における納税者の割合は44%から15%程度まで減少すると見られています。
外国人の場合は個人所得税法実施条例において1,300元の追加控除が定められており、計4,800元の基礎控除が適用されてきましたが、本改正において追加控除部分が廃止され、中国人と同じ5,000元に統一されます。
5.追加控除項目の新設
上記4.の基礎控除の他、これまでの三険一金(養老保険、医療保険、失業保険、住宅積立金)等の特別控除項目は維持しながら、更に子女教育費、継続教育費、高額医療費、住宅ローン利息や住宅賃料といった生活に密接に関連する支出が新たに控除項目として新設されます。
この点、これまで外国人は通達により特別に住宅手当、食事手当、クリーニング手当、引越手当、ホームリーブ、語学研修手当、子女教育手当が免税となっていましたが、上記の追加控除項目の中に子女教育費や住宅賃料といったこれまで外国人のみ免税だった項目が追加されることとなったため、それに伴い外国人の特別免税規定は廃止されることが予想されます。
6.反租税回避条項の追加
・関連者間取引が独立取引原則に従わず、正当な理由がない
・自身が支配する軽課税国に所在する法人からの配当が帰属利益よりも低い、または配当しない、
・その他の商業上の目的を有しない取引による租税回避
上記に該当する場合、税務局が合理的な方法により納税調整を行う権限が明確に定められました。
なお、上記の改正は3.の所得税率の変更及び4.の基礎控除額の増加については2018年10月1日より先行適用され、その他を含む改正後の新個人所得税法は2019年1月1日より全面施行されます。
所感
本改正は基礎控除額の引き上げ、低税率の適用範囲となる課税所得額の拡大、また追加控除項目の新設によりほとんどの中国人及び外国人にとっては減税効果が期待でき、歓迎すべき内容となっています。
一方で、年一回性賞与の優遇計算や外国人にのみ特別に認められていた免税手当など、中国特有の処理については個人所得税法本文ではなくそれを補完する実施条例や通達に依拠していた部分が少なからずあり、これらが本改正に合わせてどのように修正されるかにより、外国人にとってはその影響の大きさが大幅に変わってくると言えそうです。
特にこれまでほとんどのケースで全額が免税として認められてきた外国人の免税手当については、その内の大きな割合を占める家賃や子女教育費が本改正において特別控除項目として追加されることとなり、それによって今後改正が予想される実施条例において控除可能額の上限(額または割合)が別途定められる可能性が懸念されます。
一般的に駐在員の賃料は高額なことが多く、仮に上限額や給与に対する上限割合が定められるとそれを超過する可能性は高いため、超過部分が実質増税となります。
また、これまで居住期間が満5年を超えなければ国外所得について課税が免除された通称5年ルールについては、今回の全人代の審議で言及されておらず、これも今後の実施条例の改正を待って判断することとなります。
(5年ルールの詳細はこちら)
基礎控除額の統一を含め、本改正は全体的に中国人と外国人の処理を統一する意図が読み取れるため、実施条例の改正において5年ルールが廃止される可能性もありうると思われますが、その場合には国外所得が発生する全ての出向者の情報を収集し2019年度からの国外所得の申告に備える必要があります。
また、外資系企業の中には、居住期間満5年を超える前に一旦駐在員を本国に帰すなどの特別な人事制度を設けている会社もあり、そうした会社にとっては5年ルールが仮に廃止されなかった場合でも上記1.の中で年間183日以上居住している個人は居住者と見なされる183日ルールが国内法として明記された以上、仮に30日超連続して国外に滞在した場合でも連続する5年の居住期間の計算はリセットされないこととなり、出向期間を継続しながら5年ルールを回避するのは極めて困難になるため、上記の特別な人事アレンジメントは改訂を余儀なくされることとなります。
年一回性賞与の優遇計算方法も中国の年度末に業績賞与を支給する慣例に配慮した一定の合理性は認められるものの、上述の通り通達に依拠した制度であり、実務上は地域ごとに細かい計算方法に差異が見られることから、申告実務のバラつきや間違いが非常に多い論点でもあり、本改正に合わせて廃止される可能性も否定できません。
(年一回性賞与の計算方法はこちら)
上記を総括すると、これらはいずれも外国人にとっては有利な規定であったため、その一部或いは全部が廃止されることにより、全体として減税は実現するものの外国人に限ってみれば大幅な増税となる可能性も依然として残っており、今後の動向を引き続き注視する必要があります。