香港出向者と出張者の個人所得税のケーススタディ

 
 
日本の本社から香港の子会社に出向する、或いは出向でなくても一時的に香港に出張で滞在するような場合、個人所得税はどのように申告すればいいのでしょうか?
 

基本的な考え方

 
まず、日本では、日本に居住する居住者は国内、国外を問わず全世界で発生した所得に課税、非居住者は国内で発生した(国内源泉の)所得にのみ課税するというルールを採用しています。
一方香港やシンガポールなどの一部の国のように居住、非居住とで区別せず、その所得が国内で発生したものか否かという視点で国内所得にのみ課税、国外所得は非課税としている国もあります。
 
そのためこれらの国ではどこの国で発生した(どこの国が源泉となる)所得かという点が重要になりますが、日本から香港の会社に出向するような場合は出向期間中は日本の非居住者となり、所得も香港の会社での勤務によって生じますので香港で所得税を支払うことになります。
一方日本の会社に勤務したまま香港に出張で行くような場合は日本の居住者と見なされ、その所得もあくまで日本の会社の業務として発生するものですので日本で所得税を支払います。
 
居住か非居住かということの定義は少し長くなるのでここでは割愛します。
 
(→居住、非居住の判定ポイントはこちら
 
ただし、香港に出向中も日本で給料をもらっている場合や、頻繁に出張していてどちらに居住しているのか曖昧な場合など、状況によって単純に判断できない色々なケースが存在します。
以下では、いくつかのケースについてその取り扱いを紹介したいと思います。
 

ケース① 香港子会社出向中も日本の本社から給与をもらっている場合

 
香港子会社に出向している間も、一部給与を日本の本社から日本の口座に日本円で支払われている場合はどうでしょうか?
これは所得がどこで発生したかということとどこで支払われたかということとは無関係であることがポイントです。
香港子会社への出向中は原則として香港子会社のために働いてることになるので、その勤務の対価としてもらう給与は仮に日本で支給されていたとしても香港で発生した所得となり、日本の本社は本来香港で支給すべきものを出向者の生活の便宜上日本で立て替えているだけであると理解されます。
 
そのため、香港で支給された給与と日本で支給された給与を合算して香港で納税することになります。
 

ケース② 上記ケース①で更に日本への出張が頻繁にある場合

 
上記のケース①では原則日本での課税は発生しません。
 
ただし、給与の支給の場所と、所得の発生地が関連しないとすると、逆に香港出向期間中に日本へ頻繁に出張し、日本の本社で仕事をするような場合は、香港で支給される給与について日本で納税しないといけないのでしょうか?
 
こうした問題を解決するために日本と香港では租税条約を締結して、あるルールを設けています。
 
それは、以下の全てを満たす場合は一方の国(この場合は香港)でのみ課税されるというルールです。
 
  1. いずれの12カ月間においても、給与をもらう人の日本での滞在日数が合計183日を超えないこと。
  2. 給与が日本の本社から支払われていないこと。
  3. 給与が日本の本社によって負担されていないこと。
 
これは通称183日ルールと呼ばれる租税条約の規定ですが、基本的に日本への出張日数が183日以内であれば日本では課税しませんよ、というルールです。
ただし、このケース②では日本の本社が給与を支給、或いは負担しているような場合、上記ルールの2つ目と3つ目を満たさなくなりますので、日本出張中の業務が日本本社の業務と関連性が強い場合などは国内で発生した所得として日本での課税が発生する可能性があります。
 

ケース③ 香港子会社出向中に日本での有価証券や不動産の譲渡、または賃貸で利益が出た場合

 
香港に出向中に日本で持っていた有価証券や不動産を譲渡したことで所得が発生することもあると思います。
こうした場合はどちらの国に税金を支払えばいいのでしょうか?
 
まず、香港では有価証券や不動産の価格が上昇したことによって得られる売却益(キャピタルゲイン)は国内、国外ともに非課税です。
 
一方、日本ではやはり非居住者でも国内源泉のキャピタルゲインは課税対象となりますが、投資対象として所有している上場会社の株の売却であれば原則課税対象にはなりません。
ただし、一時帰国中にそれを譲渡した場合は課税対象となります。
 
その他国外転出時課税制度というものがあり、香港赴任時点でその資産価値が1億円以上ある場合は含み益に課税されることになっています。
(国外転出時課税制度はこちら
 
一方不動産ですが、これは日本国内の不動産である場合は国内源泉所得に分類されます。
そのため、譲渡や賃貸で所得が発生した場合は日本で申告、納税が必要です。
 
 

ケース④ 出向ではないが、香港に頻繁に出張する場合

 
これはケース②の逆のパターンになります。
 
日本の本社から香港に出張する場合も租税条約の183日ルールを適用することができます。
この場合、出張者の給料を香港の会社が支払ったり負担したりということがなければ、2つ目と3つ目のルールを満たすことができます。香港へ出張で滞在した日数が183日を超えなければ1つ目も満たすことができますので香港での課税は発生しません。
 
ただし香港での出張時に香港子会社のために働いて、その費用を香港子会社から日本の本社に払い戻す場合などはPE課税という別の問題が発生する可能性がありますが、ここでは割愛します。
 
(PE課税の簡単解説はこちら
 
 

ケース⑤ 日本本社の役員が役員の職位を維持したまま香港に出向する場合

 
これは英語でDual Positionと言いますが、本国の職位を残したまま外国に出向するケースで、欧米の会社などではよく見られます。日本企業でも役員の方の場合はそれなりに見られるケースです。
 
役員の定義は各国で異なりますので詳細な解説は省きますが、役員報酬についてのルールは日本と香港の租税条約でも明記されています。
すなわち、それぞれの国の役員報酬はそれぞれの国で課税する、というルールです。
そのため、日本の役員の方が香港に赴任して100%香港で勤務している場合であっても、本社から役員報酬が支払われる場合は日本で20.42%(所得税20%、復興特別所得税0.42%)を源泉徴収することになります。
 
 

ケース⑥ 個人事業主で香港に移住しているが、日本に出張して日本での所得も発生する場合

 
これは上記のそれぞれのケースとは異なり、個人で香港に移住される場合です。
香港に移住して香港で個人事業を営む場合は香港で所得税が発生します。
 
一方日本で発生した所得については、その所得にもよりますが、例えばある有名人が日本で講演を行い、講演料をもらった、あるいはミュージシャンがコンサートを行ったというような個人で役務を提供した場合は原則その対価に対して日本で源泉徴収することで課税関係は完結します。
ただし、日本でも営業拠点を設けて活動するような場合には事業所得として申告が必要となります。
 
 
 
参考規定:所得税法、日本香港租税協定