今スモールスタートアップが中国に進出すべき5つの理由

 

 

今日本企業の中国事業はかねてから高騰し続ける人件費の問題や近年の米中貿易摩擦の影響を受けたグローバルでのサプライチェーンの見直しにより、製造業を中心に東南アジアなどへのシフトが起こっています。
 
一方消費市場としての成熟化が進み、製造業以外のサービス業を中心とした様々な業界からは引き続き旺盛な進出の需要があるように感じています。
これまでご相談やお問い合わせをいただいた業界では、エステ・化粧品、ヘルスケア、飲食、広告・マーケティング、メンズアパレル、出版・音楽関連、VR・ゲーム関連など、グループ売上が数億円から数十億円規模のオーナー企業や上場準備企業の中国進出を中心として、個人のクリエイターなどそもそも一から中国で起業される方からのご相談も多く、日本からの対中投資も新しい局面を迎えつつあると言えそうです。
 
以下では中小規模のオーナー企業の中国進出や中国での起業を念頭に置いて、筆者が中国現地にいて実感する今スモールスタートアップが中国に進出すべき5つの理由を綴ってみたいと思います。
 
 
 

理由① 税率

 まずはあまり知られていませんが、中国の現在の税制はスタートアップにとって非常に有利なものとなっています。
 
 法人税率は利益が100万元(1600万円程度)まで5%、100万元から300万元(5000万円程度)までは10%と香港(200万香港ドルまでは8.25%、それ以上は16.5%)やシンガポール(1万シンガポールドルまでは4.25%、次の19万シンガポールドルまでは8.5%、それ以上は17%)などのタックスヘイブンと比較しても一定規模の利益に達するまでは中国の方が低税率となっています。
 
 所得税率については、表面的な税率は日本よりも少し低い程度ですが、2021年末までは外国人の優遇制度があり、家賃や食事に関する支出など、相当な割合の所得を免税とすることができ、この制度をうまく活用することで実効税率をかなり下げることができます。
 
 またこれも2021年末までの期間限定ではありますが、年に一度支給されるボーナスについては12分割して税率を適用するという制度もあります。
 日本の場合役員への賞与については原則として事前に確定金額を届け出たもの以外損金算入は認められませんが、中国では事前届出の制度はなく、オーナー企業であれば年末賞与の支給額を調整することにより上記の法人税率との兼ね合いでトータルの課税額を最適化することができます。
 
 さらに外国人は中国居住が連続して6年に達するまで、国外所得に課税されません。
 これはつまり中国内で稼得した所得でも、香港など国外で運用することにより全く税金がかかることなく運用することが可能となり、企業オーナーの資本蓄積という観点ではほとんどタックスヘイブンに近い制度が事実上実現しています。
 また居住期間6年の間に一定期間国外に出国することにより、現行の制度上では半永久的に国外所得非課税のステータスを維持することが可能となっています。
 
(中国の個人所得税法の解説はこちら
 
 
 

理由② 諸制度

 続いて中国の会社運営に関する税率以外の諸制度も、制度改革が進められて今では進出や起業を後押しする内容となっています。
 

起業のしやすさ

 世界銀行が2018年10月31日に発表したビジネス環境ランキングにおいて中国は46位と、39位の日本と逼迫しており、両国ともにビジネス環境はVery Easyに分類されています。
特筆すべきは、その中でも起業のしやすさランキングでは中国は28位、日本は93位と世界的に見て明らかに中国の方が起業がしやすい国であると評価されている点です。
 

設立・撤退手続き

 中国で起業するために最初に必要となる会社の設立手続きですが、届出や登記の手続きはかなり簡素化されており、オンラインでの手続きが可能です。
 もちろん、会社の設立登記以外にも税務局や税関への登録や銀行口座開設など別途行う必要のある手続きもあります。
 
 
 一方、これまで中国進出の大きなリスクファクターとして挙げられることの多かった撤退時の手続きですが、これも制度上かなり簡素化が進んでいます。
 2019年1月18日には登記抹消手続きの簡素化に関する新しい通達も公布され、2019年9月1日までに登記抹消手続き専用のオンラインサイトを開設し、各部門での抹消手続きを一括して可能とすることが決定しています。
 
 

運営コスト

 続いて会社を運営するためのコストですが、スモールスタートアップにとって主要な固定費となる人件費や賃料について、まず人件費が中国で高騰し続けているというのはよく日本でも報じられているところです。
 
 確かに労働集約的な製造業にとって中国の人件費の高騰は経営にかなりの打撃を与えているというのはその通りだと思いますが、ホワイトワーカーを見れば都市部でも一部の高級管理職レベルを除いて平均賃金は日本よりもまだ低い水準です。
 バックオフィス業務ではマネージャークラス以上になると日本と同程度か少し低い程度ですが、スタッフレベルでは日本よりも総じて低く、また一般的な飲食店でのホールスタッフなどでは給料は3〜5千元程度(5〜8万円)、店長クラスでも7、8千元程度(10〜12万円)です。
 日本企業で勤務していた人材であれば日本語も堪能で優秀な人を多くの場合日本よりも安い給与で雇うことができます。
 
 賃料については以前は設立時にオフィスの間取りを提出したり、管轄税務局の視察があったりということがありましたが、現在ではWeworkなどの外資系コワーキングスペースが多数進出しており、政府もスタートアップの起業を促進していることもあって、外資系企業がバーチャルオフィスを借りて進出することも事実上認められている状況です。
 
 都市部、特に上海などは日系の弁護士事務所や会計事務所も多数あり、必要に応じて専門サービスを依頼したり、管理業務を外注したりすることで極力人を雇用しないスタイルでの進出も可能です。
 総じて運営コストの面では、日本と変わらないかむしろそれ以下での事業運営が可能となっています。
 

通関手続き

 中国の通関手続きは「全国通関一体化システム」を採用しており、近年その利便性は急速に向上しています。
検査機械の性能やオペレーションの改善により、現地の倉庫業者の方のお話によるとモノによっては当日で全ての通関手続きが完了するなど、通関スピードについても大幅に短縮しており、中国の通関業務が非常に煩雑だったのはもはや過去の話といえます。
 

制度上のデメリット

 一方、当然メリットだけではなく、制度面でのデメリットも存在します。一つにはやはり外国人が中国に住んで起業ないし就労するためには就労許可や居留許可の取得が必要となりますので、要件を満たしていればあくまで手続き的な問題ではありますが、日本で無犯罪証明や卒業証書を取得したり、健康診断を受けたりといった進出時には少し面倒な手続きが要求されます。
 
 さらに筆者が制度上の大きなデメリットとして感じるのは依然として資本移動がかなり制限されているという点です。
 この問題がなかなか解決に向かわないのは独立した金融政策、為替相場の安定、自由な資本移動の3つは同時に成立しないという国際金融のトリレンマの理論によって説明できます。
 中国では人民元の国際化を進めており、将来的には現在の管理フロート制から変動相場制への移行や資本移動の自由化が実現されるものと思われますが、急速な移行は国内の資本の大規模な逃避やそれに伴う人民元の暴落に繋がるため、様子を見て都度政策を調整しながら徐々に改革を進めていく途上にあります。
 
 そのため、資本の流出が懸念されるような状況では一時的に資本移動に関する規制を強化するような場面も想定され、外資系企業にとっては引き続き人民元を外貨に換えて国外に送金する際の手続きが煩雑なものとなり、中国内に資金をプールしておくことの資金リスクは進出以降の経営における大きな足かせとなります。
 
 上述の会社の設立登記手続きなどは確かに簡素化されてはいるものの、こうした資本移動の制限のせいで銀行では会社の資本金口座と事業用口座を明確に分けなくてはならず、口座開設手続きも別々に行う必要がある場合もあるなど、一連の設立手続きにおいて銀行口座の開設が現在では一番期間を要する手続きにもなってしまっている状況です。
 
 
 

理由③ 生活環境

 3つ目は中国の生活環境です。
 
 スモールスタートアップの中国進出や起業においては、社長が中国事業を兼務して行き来したり、中国に住居を移したりということがありますが、日本人の多く暮らす都市部を中心に地元の人たちの生活水準は大きく向上しており、外食や色々なサービスの水準も日本と遜色がなくなってきています。
 
 特にキャッシュレスの普及などは日本でよく報じられているところですが、携帯アプリによる生活の利便性は格段に上がっており、ライドシェアのDidiやシェア自転車のMobike、出前アプリやアリババ出資の生鮮スーパーの宅配などは何時でもアプリの注文から2、30分で届けてくれますし、日本ではポストに投函するような簡単な手紙なども1通からでも自宅に取りに来てくれ、その他クリーニングやハウスキーピングなど全てがアプリで注文から手配、決済まで完結し、その気になれば全く自宅から出なくても何日でも生活できてしまいます。
 地図アプリの目的地到着時間の精度などはGoogle Mapより正確で、最近では日本の滞在期間中に不便さを感じることの方が多くなってきています。
 
 近年は環境規制の強化やEVへのシフトが進められ、中国の代名詞であったPM2.5による大気汚染も大幅に改善しており、現在では東南アジアや特にインドなどの方が大気汚染の問題がクローズアップされるようにもなってきました。
 
 アリババ系列のアリクラウドによるAIでの信号の自動切り替えによる渋滞解消への取り組みや、バイドゥによる特定の区域という制限はあるものの完全自動運転車の量産化など、先進的な社会実験も進められています。
 
 こうした新しいテクノロジーの積極的な活用や社会への見ようによっては拙速とも言える導入は、現在の李克強首相による「先賞試、後管制」(まず先にやってみて、後から規制をかける)という方針の下で強く推進されており、実際に社会がテクノロジーによって変わっていく様を日常的に体感できる環境は刺激的でもあります。
 
 また、日本では批判的に論じられる中国の監視社会や共産党による国民のデータ管理についても、生活の上では大いに公共マナーの向上や治安の改善に役立っていると感じることが多いです。
 実際、中国で至るところに設置されてある監視カメラでは、顔認識技術の精度が上がり、警察には見つからなくても監視カメラにより多くの交通マナー違反が検挙されるようになっていることから交通マナーは向上し、以前のように街を歩いていてけたたましいクラクションが鳴り響いたり、信号無視の車が突っ込んでくるといった不安はあまり感じなくなりました。
 ゴミの分別も始まり、全体的な街の清潔感も少しずつ改善されつつあります。
 
 違反歴や犯罪歴は当局のデータシステムに登録され、監視カメラからは逃れられなくなってきています。
 青島でのビール祭りでは入り口に設置された18台の監視カメラにより、来場した25人の指名手配犯を検挙したり、一部の地域では警察が当局のデータベースに繋がったスマートサングラスを着用しながら勤務しているなど、さながらジョージ・オーウェルの「1984年」を思い起こさせる以上の監視社会が実現しつつあるというのは少し行き過ぎのようにも感じますが、筆者に近い中国人の意見を伺う限りではこうした監視社会も普通に生活する市民の感覚では安心、安全といった社会的な効用を主に評価し、概ね好意的に受け取られている印象です。
 
 
 

理由④ マーケット

 4つ目は消費市場としてのマーケットの成熟度です。
 
 中国の消費市場の規模の大きさは言わずもがなですが、日本のすぐ隣に位置する上海市だけでタイ1国に匹敵し、広東省だけで韓国のGDPに迫るなどそれぞれ1つ1つの省だけで1つの国の経済規模を持つ広大なマーケットは、伸び悩む日本の市場と比較してやはり魅力的に映ります。
 
 特に近年、単なる広大な消費市場としてのみでなく、日本を含め先進国への中国人旅行者が急速に増加している中で、消費者の嗜好やクオリティへの要求が急速に高まりつつあります。
 その結果、日本ではすでに成熟し、競争過多となっている業界においても、中国では急速な需要の高まりに対し供給が圧倒的に不足していて今がまさにスモールスタートアップにとって参入のチャンスと言える事業領域が多岐にわたって誕生しています。
 
 例えば日本食レストランやラーメン屋など、中国の都市部ではすでに飽和したと思われる日系スモールスタートアップの最も典型的な業態であっても、日本と比べてそのバラエティは全く豊富であるとは言えず、増加する本物志向の消費者が持つ需要の潜在性は、まだまだ喚起されきっていないように感じます。
 
 
 

理由⑤ 地理

 最後はおまけですが、やはり中国が地理的に日本に近いというのも大きなメリットです。
外国に住んでその国で事業を展開するというのはそれなりにストレスを抱えながらの取り組みになりますので、気が向いたらすぐに日本に帰れるというのは大きな心理上の安心感につながります。
 特に上海は東京や大阪と気候が似ており、日本で寒波が来れば上海も寒くなり、上海に台風が来れば日本でも雨が降ったりと物理的な距離の近さを日常的に感じますし、頻繁に両国を行き来する場合でもあまり体調への影響はありません。むしろ中国内を南北に行き来する方が身体的な負担は大きいように思います。
 
 フライト時間は上海から東京が3時間弱、大阪や沖縄へは2時間程度でLCCも多く就航しており、距離的には国内移動とそれほど変わらず行き来することができます。
 
 
 
少し長くなりましたが、以上が今スモールスタートアップが中国に進出すべきだと感じる主な5つの理由です。
 
主に進出や事業を展開していく上でのインフラという側面にフォーカスしていますが、これに加え進出に際しては実際に事業を軌道に乗せるというビジネス面からの検討も欠かせません。
事業性自体の検討については、業種や事業領域がまず大きな要素であるにせよ、成功しやすい企業はいくつかの共通点があり、その型のようなものを業種横断的に一定程度定型化することができるようにも感じています。
 
この点についてはまたおいおい本コラムでもご紹介していければと思います。
 
 
 
 
 
 

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