「管理支配」の定義は?タックスヘイブン対策税制の管理支配基準のポイント
1.概要
タックスヘイブン対策税制とは、国内企業や個人が低税率の海外子会社に所得を移転することにより日本における税負担を不当に軽減することを防ぐため、一定の要件に該当する海外子会社の所得について、国内の所得に合算して日本で課税するものです。
ペーパーカンパニー等に該当しない海外子会社で現地での租税負担割合が20%未満の場合には、以下の「経済活動基準」と呼ばれる4つの要件によって、会社単位の合算課税の対象とするかが判定されることになります。
(タックスヘイブン対策税制のより詳しい解説はこちら)
①事業基準
主たる事業が、株式又は債券の保有、無形資産等の提供、船舶又は航空機のリース等(航空機リースのうち一定のものを除外)でないこと
②実体基準
本店所在地国に主たる事業に必要な事務所等があること
③管理支配基準
本店所在地国において事業の管理、支配及び運営を自ら行っていること
④
A)非関連者基準(卸売業、銀行業、信託業、証券業、保険業、水運業、航空運送業又は航空機リース業の場合)
非関連者との取引割合が全体の50%超であること
又は、
B)所在地国基準(不動産業、製造業、小売業などのA以外の業種の場合)
事業を主として本店所在地国で行っていること
この中で、3つ目の管理支配基準においては事業の管理、支配及び運営を海外子会社が自ら行っていることが必要となりますが、その判定については、国税庁によると以下の状況を総合的に勘案して判定するものとしています。
・株主総会及び取締役会等が現地で開催されているか
・役員としての職務執行が現地で行われているか
・会計帳簿の作成及び保管等が現地で行われているか
・その他
なお、タックスヘイブン対策税制自体は17年度税制改正を受けて18年4月1日以降は抜本的な改正が適用されるものの、上記の「管理支配基準」を含む「経済活動基準」の4要件は以前から合算課税の適用を判定する要件とされており、過去の議論や判例は引き続き有効であると言えます。
そのため、以下では過去に管理支配基準を巡って争われたいくつかの判例や、18年1月31日に国税庁から公表された改正後タックスヘイブン対策税制に関するQ&Aをもとに、定性的な判断が必要となる当基準について具体的な判定のポイントを見ていきたいと思います。
2.国税庁Q&A
2.1. 海外子会社の役員が本社または地域統括会社の職務を兼任しているケース
海外子会社の役員が派遣元の会社の職位を維持したまま兼任していることはよくありますが、国税庁Q&Aによると、当役員が単なる名義上の役員でなく、海外子会社の事業計画の策定やそれに基づく職務を執行しており、海外子会社から役員報酬を得ているのであれば管理支配基準を満たすとしています。
この点、後述するレンタルオフィス事件では、裁判所は海外子会社からは役員報酬を受領していなかった場合でも、事前に経営が軌道に乗るまでは役員報酬を受領しない合意があったとして管理支配基準の充足を認めています。
2.2. 親会社に経営の意思決定の確認を行っているケース
最終的な確認を親会社に委ねている場合であっても、事業計画案の策定など重要な職務執行を子会社自ら行っている場合や、例えば一定額未満の案件は子会社で意思決定するような規模に応じた役割分担が定められているような場合は管理支配基準を満たすとしています。
一方、子会社では親会社が全て決定した事業計画に従って職務を執行しているにすぎないような場合では管理支配基準を満たさないとしています。
2.3. 海外子会社の事業が使用料を得ることのみであるケース
海外子会社の事業が親会社の指示に基づいて、振り込まれた使用料の親会社への報告や送金業務のみである場合は、自ら事業計画等を策定し事業を執行しているとは言えないことから管理支配基準を満たさないとしています。
2.4. 株主総会等のテレビ会議システム等の活用
その他、2014年の経済産業省による株主総会等をテレビ会議システムを利用して開催することが管理支配基準を判定する上でどのように取り扱われるかという照会に対しては、国税庁は株主総会及び取締役会に関連する業務を外国子会社で行っており、外国子会社において一定の権限のある役員が議長を務め、かつ当役員が社内で出席しているなどの一定の状況下において、株主や役員の一部がテレビ会議システムを通じて株主総会や取締役会に参加した場合であっても現地で開催されたものと同様とみなすことができるという見解を示しています。
3.過去の判例
以下では、管理支配基準を巡って争われた代表歴な過去の判例についてご紹介します。
3.1. 安宅木材事件(東京地裁平成2年9月1日判決)
東南アジアから木材を買い付けて販売するA社は、木材業社との取引の便宜上香港に設立した子会社B社を通じて取引をしていました。
裁判所はB社の取締役会や株主総会がA社において実施され、B社の役員も全員兼務、役員人事や事務処理の方針もA社が決定していたことから、B社は独立した立場で事業を自ら管理、支配及び運営していたと言えないとして管理支配基準を満たさないものと判断しました。
3.2. ニコニコ堂事件(熊本地裁平成12年7月27日判決)
スーパーマーケットを営むC社は東南アジア、中国への進出拠点を確保するため、香港に100%子会社であるD社を設立し、C社の海外事業部長を含む数名がD社において勤務していました。
裁判所はD社の役員は全員がC社の職務と兼任しており、上記の海外事業部長以外は全く香港で勤務しておらず、海外事業部長の香港の勤務日数も限定的であること、取締役会は日本で開催され、香港で開催された株主総会も形式的なものであったこと、D社の唯一の財産であるビルの取得や売却の意思決定はC社においてなされ、D社での業務は日常的な管理業やビルの清掃程度のものであったこと、などからD社事業の管理、運営においてはC社の管理、支配が強く及んでおり、D社の独立性は低いとして管理支配基準を充足していないと判断しました。
3.3. レンタルオフィス事件(東京地裁平成24年10月11日判決)
日本居住者であるEは、ASEAN諸国にある日系企業との精密ねじ等の販売取引を拡大するために、シンガポールに子会社F社を設立し、取締役に就任していました。
更にシンガポールに居住するGも同社株式を1株保有し取締役に就任し、かつGが経営するシンガポール法人H社からオフィススペースのレンタル、経理・資金決済業務等の代行、営業担当者派遣などの業務の提供を受けていました。
これについて、F社がH社より提供を受けていたレンタルオフィスが上記の実体基準を満たすか、またF社の活動が管理支配基準を満たすかという点について争われました。
まず実体基準においてはF社の事業規模からするとオフィスは小規模で足り、業務内容からも取扱製品を自社で保管する必要がないことからレンタルオフィスでも主たる事業を行うための十分な固定施設を有していたと認められるとして実体基準を充足していると判断しました。
更に管理支配基準については以下のいくつかの点が争われました。
・事業を行うために必要な常勤役員の存在
シンガポール在住役員であるGは複数の会社の役員を兼任し、かつF社からは役員報酬を受領していなかったものの、F社の事業活動に必要となる諸業務を実際に実施していた実質に着目し、シンガポールに常勤役員がいなかったとは言えないとしています。
・現地従業員の存在
営業担当者はF社で直接雇用されているわけではないものの、F社の取締役としてのGから指揮監督を受けているため従業員にあたるとされました。
・株主総会の開催場所
F社株式の99.9%を保有するEは株主総会を欠席していたものの、その招集及び開催手続はシンガポールで行われ、Gが実際に参加していることからシンガポールで開催されたものと認められる、としています。
・重要事項の意思決定
F社の増資引受けをEがGに相談なく決定したということについて、あくまで役割分担の範囲であるとしてF社の重要事項を専らEが意思決定していたと推認できないとしています。
上記のことからF社は管理支配基準を充足していると判断されました。