上海市も外国人の社会保険加入が義務化される?社会保障局の見解は?
上海市において外国人の社会保険加入が強制となるのは本当か?もし加入しなければ取り立てられるのか?といったお問い合わせをいただく機会が増えています。
そのため、以下ではそもそもの議論の発端となる規定を解説するとともに、当局の見解を交えて今後の実務上の運用について私見を述べたいと思います。
1.上海市の外国人への社会保険制度の適用
まず中国においては、2011年7月、10月にそれぞれ施行された社会保険法とその暫定弁法(以下、「社会保険法等」)により、中国にて就労する外国人も5種の社会保険(養老、医療、失業、労災、生育)の加入義務があることが明確に規定されました。
それ以降大半の地域では上記に則った実務規定が公布されるのに伴い、外国人の加入が必須となりましたが、上海市では社会保険法が公布される以前の2009年に施行された通知(「上海市で仕事をする外国籍人員と国外永久(長期)居留権人員と台湾、香港、マカオ居住者の都市従業員が社会保険に参加する若干の問題に関する通知」(滬人社養発2009年38号)、以下「38号通知」)を任意加入の根拠として、多くの外国人が未加入の状態のままとなっています。
その後2016年に38号通知の有効期限が2021年8月15日までであることが示されたため、38号通知の失効に伴い外国人も2021年8月16日以降は強制加入に移行するものとして、対応について検討されている企業のご担当者が多くおられるものと理解しています。
この点について上海市の社会保障局上位者と意見交換する限り、当局の認識としてはそもそも上記の38号通知は外国人が3種の社会保険に加入することを認めた規定であり、それが5種の社会保険の強制加入を定めた国家レベルの社会保険法等と併存している状況であっただけで、38号通知は外国人の社会保険自体の任意加入を認めたものではない、というものです。
確かに過去において社会保障局のホットラインでの担当者の回答も、上海市では外国人も社会保険の加入義務がある、とする回答で一貫しています。
では問題の38号通知ですが、どのように規定されているのでしょうか。以下が該当条文の日本語訳となります。
–「上海市で仕事をする外国籍人員と国外永久(長期)居留権人員と台湾、香港、マカオ居住者の都市従業員が社会保険に参加する若干の問題に関する通知」第1条
“本市の都市基本養老保険に加入する範囲に属する雇用単位と労働関係を確立し、かつ、規定に従いそれぞれ「外国専門家証」、「上海市居住 証」B 証、「外国人就業証」、「台湾・香港・マカオ人員就業証」および「国外定住者の上海における就業審査承認証」等の証書手続をした外国籍者、国外永久(長期)居留権の取得者および台湾・香港・マカオ出身で上海にて業務に従事する人員は、関連規定に従い本市の都市従業員基本養老保険、基本医療保険および労災保険に同時に加入し、かつ、 労働(招聘雇用)契約においてこれを約定することができる。”
要約すると外国人は3種(養老、医療、労災)の社会保険に加入できる、という趣旨の内容ですが、確かにこれを以て外国人の社会保険自体の任意加入を認めているようにも読めますし、一方で社会保険法等に基づく5種全て、ではなく(外国人は失業すると居留許可を失うので実質的に失業保険は受給できず、生育保険はそもそも上海戸籍保有者のみが対象であることから)3種の加入も選択できる、とも読める曖昧な内容となっています。
仮に後者を前提とすると、社会保険法等に基づき5種の社会保険の強制加入を原則として38号通知により3種のみの加入も選択可であったところ、38号通知の失効により単に今後は3種のみの加入が認められなくなるに過ぎず、法規上の実質には大きな変化はないこととなります。従って筆者の個人的な見解としては、当局がこれまで消極的であった徴収姿勢を38号通知の失効をきっかけに即座に覆し、積極的な徴収活動を展開することは考えにくいのでは、と考えています。
しかしながら、少なくともこれまでの日系企業の実務上の対応としては38号通知を任意加入の規定と解釈し、それを法的根拠として加入を見送ってきた経緯から、38号通知の失効により加入しない選択肢の根拠も失ってしまうこととなり、多くの日系企業にとっては今後早期に加入せざるを得ない、との判断に帰着するものと思われます。
2.企業にとってのインパクトは?
それでは、自社で勤務する外国人の社会保険加入にあたり、具体的にどの程度の金額的インパクトがあるのでしょうか?
後述の日中社会保障協定により、5種の社会保険の内、出向者は原則出向後5年間の養老保険は免除となります。
一般的なケースを仮定すると出向者及び現地採用者の社会保険加入に伴う会社の実質的な負担増は下表の赤字金額(率)となります。
※1 社会保険の基数は上限(上海市2020年平均賃金の3倍)の31.014元と仮定しています。
※2 労災保険は業種の労災リスクに応じて0.16~1.52%の間で8種類に分類されています。ここでは一般的な販売業やサービス業に適用される0.32%を適用します。
※3 日中社会保障協定の適用により、出向者は養老保険を免除されると仮定しています。また、上海市では帰任時の社会保険脱退に伴い、医療保険の個人負担分は還付されるため、会社へ返金することを前提として負担総額から控除しています。
※4 現地採用者は会社負担分社会保険料のみが会社の負担増となると仮定しています。
上記から、出向者の場合は1人あたり月3,666元の負担増となり、年間では日本円ベースで7~80万円となります。
一方、基数が上限額以上の現地採用者の場合、養老保険の会社負担が生じ、かつ個人負担分は個人が負担する(医療保険の還付についても個人が享受)ことを前提として、月あたり8,473元、年間170~180万円程度の会社負担増が見込まれます。
3.日中社会保障協定とは?
日本と中国の間では、両方の国における社会保険制度の強制加入に伴って発生する年金保険料の二重払いを解消するため、2019年9月1日より社会保障協定が発効しています。
これにより、原則就労している国の年金制度にのみ加入することとなりますが、日本の本社から中国に派遣される出向者の場合、派遣開始日から5年間は日本の年金制度にのみ加入することが認められます(加えて原則5年間の延長が認められます)。
本協定発効日前からすでに中国に派遣されている出向者の場合は、協定発効日に派遣開始したものとしてそこから5年間を起算することとなります。
対象は年金制度のみなので、中国にて免除される社会保険は上述の5種のうち「養老保険」のみとなり、それ以外の加入は引き続き必要です。また対象者は「雇用主により相手国に派遣された被用者」であるため現地採用者や自営業者は対象外となる点に留意が必要です。
参考規定:「社会保険法」、「中国内で就業する外国人の社会保険加入暫定弁法」(人力資源社会保障部令第16号)、「中国内において就業する外国人の社会保険加入業務を適切にすることに関係する問題に関する通知」(人社厅発[2011]113号)、「上海市で仕事をする外国籍人員と国外永久(長期)居留権人員と台湾、香港、マカオ居住者の都市従業員が社会保険に参加する若干の問題に関する通知」(滬人社養発[2009]38号)、「『上海市における民間職業訓練機関の認可及び管理弁法に関する通知』を含む182件の行政規範文書有効期限延長に関する通知」(滬人社養発[2016]301号)
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