新型コロナで中国に戻れなくなった出向者の、日中の課税関係は?
現在新型コロナの影響で中国出向者の日本一時帰国中に中国に渡航できなくなり、その際の日本滞在期間中の所得税についてのお問い合わせを受ける機会が増えております。
日本での滞在が長期化する場合、日本でも納税が必要になるのでしょうか?また、その範囲はどの所得に対するものでしょうか?
両国の国内法や租税条約が絡んで複雑な課税関係となってしまいますので、以下で建付けを整理したいと思います。
まず、日本の所得税法においては居住者の定義を「 国内に「住所」(生活の本拠)を有している、又は現在まで引き続き1年以上「居所」を有する個人」とし、「居住者」以外の個人を「非居住者」と規定しています。
そうすると、新型コロナの影響で日本での滞在が1年以上になってしまうと日本の居住者ということになりますが(「居所」)、「住所」(生活の本拠)が今日本にあるかどうかは、「 その者が国内において、継続して一年以上居住することを通常必要とする職業を有すること。」(所得税法施行令第14条1項)により推定されますので、通常の出向者の方は現時点では引き続き日本での「非居住者」に該当することとなります。
また、OECDが4月3日付で公表した「租税条約の分析とCOVID-19危機の影響」によっても、新型コロナにより母国に帰国せざるを得ない状況を想定し、一時的に母国に滞在する場合も非居住者としてのステータスを喪失しないと記載しています。
日本の所得税法では非居住者の課税は「国内源泉所得」に限られることとされています。
中国出向者の日本滞在期間中の「日本国内源泉所得」は給与所得の場合、日本国内における勤務に基因するもの(所得税法161条12項イ)とされ、また日中租税条約でも勤務が日本で行われる場合はそれに基因する報酬は日本で課税(日中租税条約15条1項)と定められており、日本滞在期間中の給与は原則日本で課税されることになります。
ただし、下記の要件を全て満たす場合は、日本の滞在以降で最初に給与が支払われる前日までに日本で届け出を行うことにより、日本での課税が免除されます。(日中租税条約15条2項 短期滞在者免税)
・日本での滞在が年間183日を超えないこと
・報酬が日本の本社(またはこれに代わるもの)から支払われていないこと
・報酬が日本内のPE又は固定的施設によって負担されていないこと
では、現在想定される下記のようなケースでは具体的にどうなるかを考えてみます。
ケース①本社支払給与がある場合
出向者の多くは中国出向期間中も日本で本社から支給される給与を受け取ることが一般的です。
仮に本社支払給与が本社から中国子会社に請求されず、本社負担となっている場合は、日本支払給与分は上記短期滞在者免税要件の2つ目を充足せず、日本で課税されることとなります。
この場合、税額は日本滞在期間に対応する本社支払給与に対し、20%(復興特別所得税を含んだ合計税率20.42%)を源泉徴収する必要があります。
ここで、中国出向期間中は日本で支給される給与に対しても中国で課税されますので、上記の日本国内源泉所得に対して両国で二重の課税が生じてしまうこととなります。
これを中国側で解消するためには2つの考え方があります。
1つは中国での申告時に外国税額控除を適用する方法、もう1つは中国での居住期間が満6年に満たない場合、日本支給給与については(中国から見た)「国外源泉所得」として中国での所得計算から除外する方法です。
1つ目の外国税額控除では、中国で全世界所得に対する課税額を計算した上で、上限範囲内で日本での納税分を控除することができます。
(中国個人所得税法7条・「国外所得に関する個人所得税政策の公告」(財政部税務総局2020年3号公告)3条)
2つ目の方法では、中国での国内源泉所得を下記の公式により計算することとなります。
当月の給与収入額 =当月の国内外の給与総額 × [1-(当月の国外支払の給与金額÷ 当月の国内外の給与総額) × (当月の給与の帰属する勤務期間における国外勤務日数 ÷ 当月の給与の帰属する勤務期間の日数)]
(個人所得税法実施条例4条・ 「非居住者個人と住所のない居住者個人に係る個人所得税政策に関する公告」(財政部税務総局公告2019年第35号)二(二)1)
ここで、仮に日本支給給与が全体の50%、当月の日本勤務日数が100%の場合、中国で申告する給与収入額は総額の50%分(=100%-50% × 100%)となります。
ただし、日本滞在期間中の祝祭日、休暇、研修日などは中国での勤務日数に数えられますので、実際はある一月の内全て日本にいた場合でも日本勤務日数が100%という計算結果が生じないことがあります。
(「非居住者個人と住所のない居住者個人に係る個人所得税政策に関する公告」(財政部税務総局公告2019年第35号)一(一))
上記2つの方法はいずれにせよ中国での管轄税務局にその処理を認めてもらう必要がありますので、各地の税務局によって実務上の運用や適用の難易度に差がある状況です。
また、中国現地給与の割合が少ない場合は中国での納税額が少なくなるため、就労許可の取得や更新時に提出した申請書類上の給与額との乖離が生じ、次回の就労許可の更新に影響が出る可能性があることにも注意が必要です。
ケース②日本滞在期間が年間183日以上になる場合
新型コロナによる日本滞在が長引き、年間滞在日数が183日以上になる場合、上述の日本での居住者の定義やOECDのコメントによると、あくまで新型コロナによる一時的な滞在のため日本では非居住者のままとなります。
一方で、中国では居住の定義を1年度内に183日以上居住すること(個人所得税法1条)としているため、どちらの国でも非居住者となるいわゆる「パーマネントトラベラー」のステータスが発生することになります。
このような場合、日本滞在が183日以上であること、またそもそも中国の非居住者となることから、日中租税条約の短期滞在者免税は適用できず、中国現法支給の給与も含めて、日本滞在期間に対応する給与が日本で課税されることとなります。
中国における居住日数が90日超183日未満の場合の中国国内源泉所得の計算は下記の公式に従います。
高級管理職の場合
ケース①の公式と同じ
(「非居住者個人と住所のない居住者個人に係る個人所得税政策に関する公告」(財政部税務総局公告2019年第35号)二(三)2)
高級管理職でない場合
当月の給与収入額 =当月の国内外の給与総額 × (当月の給与の帰属する勤務期間における国内勤務日数 ÷ 当月の給与の帰属する勤務期間の日数)
(「非居住者個人と住所のない居住者個人に係る個人所得税政策に関する公告」(財政部税務総局公告2019年第35号)二(一)2)
つまり、中国での職位が董事や総経理などの高級管理職となる場合はケース①と同じですが、高級管理職でなければ単純に日数按分となります。中国での勤務期間の数え方についてはケース①と同様に注意が必要です。
また、仮に日本で非居住者ではなく、居住者として申告する場合は、日本国外源泉所得も含めて日本で課税されることになりますので、滞在期間に関わらず給与全額を所得として計算し、中国での納税分を一定上限まで外国税額控除を適用して控除する方法を採用することとなります。
ケース③出向開始後新型コロナにより日本帰国中に、出向自体が無くなった場合
仮に19年9月に中国出向が開始し、半年後の20年2月に一時帰国したまま、出向が中止になってしまった場合を想定します。
この場合も19年9月時点では1年以上の出向期間を想定し、出向期間を開始したため、出国の翌日から日本の非居住者となり、仮に1年たたずに帰任となった場合でも出向期間中は非居住者として扱われます。つまり日本では遡って居住者として日本国外源泉所得への課税がされることはありません。
そのため、日本帰国の20年2月から出向中止(帰任)が決定するまでの間はケース①と同様に本社支払給与のみが課税となり、帰任日以降は日本の居住者として申告することとなります。
中国では、当初は居住者になると判断したものの、居住日数の短縮により居住者の条件を満たさなくなった場合、条件を満たさなくなった日以降で年度終了後15日内に管轄税務機関に報告し、非居住者として計算しなおした上で納税額の申告をしなければならない、とされています。
(財政部税務総局公告2019年第35号)五(一)2)
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