居住者?非居住者?海外と日本を行き来する場合の実務的判定ポイント
最近は節税目的の海外移住以外でも、多国籍に業務を展開されていて、日本よりも海外にいる時間が多いような方も増えてきています。
そうした方からこのまま日本で税金を払い続ける必要があるのか、といったご相談を受けることがあるのですが、このような場合にはどの国で税金を納めればいいのでしょうか?
納税場所の判定は?
結論から言うと、原則日本人の方であれば「どの国に居住しているか」によって判断することとなります。
法律の考え方には属人主義と属地主義というものがあり、所得税法においては税を人(国籍)に紐付けて課すか自国内という地域に着目して課すかといった違いで理解されます。
アメリカは属人主義で日本は属地主義と言われたりしますが、厳密にはそれをベースにしているというくらいで、その程度は国によってバラバラです。
例えばアメリカでは国籍や永住権を持っているとどこの国に住んでいようとアメリカで課税される属人主義を採用する一方で、アメリカ人でなくても自国居住者であればアメリカで発生する所得に課税をするなど属地主義を部分的に取り入れています。
一方日本では属地主義をベースにしながら、日本の居住者は仮に外国で発生した所得でも日本で課税するといった属人主義の考え方で補完しています。
そのため、日本人であれば「どの国に居住しているか」が重要になりますが、居住、非居住の判断基準や居住者、非居住者の課税ルールが国によって異なるため、場合によっては複数の国のいずれにも居住しているような状況やどちらの国でも同じ所得に対する課税が発生するケースも起こりえます。
このような場合には国同士で結んでいる租税条約に基づいて課税関係を調整することになります。
(ただし、居住判定については多くの租税条約で触れられていますが、通常明確な基準は定められておらず曖昧な文言に留まっています。)
逆に双方に租税条約を結んでいない国を行き来し、いずれの国のローカルルール上も非居住となっている人のことをPerpetual TravellerやParmanent Traveller、略してPTと呼んだりもします。
「居住」の定義って?
それでは、日本で課税が発生するかについては、「日本に居住しているか」否かの判定が必要なことがわかりました。その重要な居住地国判定について、日本のルールではどのように判定するのでしょうか?
実は居住、非居住の判定を具体的に定めた明確なルールはありません。
日本の所得税法上は、日本に「住所」があるか、または現在まで引き続いて1年以上「居所」がある個人としています。
ここで「住所」とは民法上での各人の生活の本拠、また「居所」とはその人の生活の本拠という程度には至らないが、その人が現実に居住している場所とされています。
国税庁のタックスアンサーによると、住所は例えば、住居、職業、資産の所在、親族の居住状況、国籍等の客観的事実によって判断する、という一定のガイドラインは示しているもの、生活の本拠や居所についても具体的に定義しているわけではないので、結局のところ実態に応じて総合的に判断していくしかなさそうです。
居住判定のポイント
では、以下では具体的な事例を参考にしながら、実務上の判断ポイントとなる基準を考えてみたいと思います。
ポイント① 滞在日数
海外では183日ルールというものに基づき、国内での滞在が183日以上の場合は居住者とする判定基準が一般的となっていますが、日本では183日を超えない滞在であれば非居住者になるかというと必ずしもそういうわけではありません。
しかし、滞在日数のバランスは生活の本拠がどちらにあるかの判断においては実務上最重要のポイントになりますので、滞在日数が一方の国に大きく偏っているような場合、その国の非居住者であると論証するのは非常に難しくなります。
有名な武富士事件では株の譲渡に関連して納税者の居住、非居住の判定が裁判で争われました。
武富士事件の詳細は省きますが、高裁では日本居住者、地裁、最高裁では非居住者と結論付けましたが、裁判所はどのような事実をもって日本非居住と判断したのでしょうか。
地裁及び最高裁が特に重視した点は以下の通りです。
- 約3年半の海外赴任期間中、その3分の2の日数を海外居宅で過ごしていたため、日本より海外での滞在日数が長い
- 海外居宅の賃貸契約期間は24ヶ月毎とされていた(海外に長期滞在の意思あり)
- 海外赴任期間中実際に必要な業務に従事していた
このケースでは、日本では183日ルールはないにせよ、その滞在日数の長さが一つの判断根拠として見なされていることが示されています。
ポイント② 仕事の場所
実際に仕事をしている場所も重要なポイントの一つです。
ハリーポッターの翻訳者が翻訳料収入を日本ではなくスイスで納税していたケースでは、日本・スイス当局間での相互協議により最終的に日本居住者との結論に至り、日本での課税で合意しています。
詳しい協議内容は明らかになっていませんが、このケースでも翻訳者は年間183日以上海外に滞在していたようなので、単純な滞在日数では日本の滞在が少なかったものの、同時に日本国内の法人を海外移住後も経営し、ハリーポッターの宣伝のために頻繁に来日していたことから、仕事上の活動の実態は日本にあると判断され、日本の居住者ということで決着しました。
ポイント③ 住宅や家族の場所
家族は日本で暮らしているかどうか、またそれぞれの国に滞在する際に住居があるか、ホテルで暮らしているか、どちらの国にも住居がある場合は賃貸か、所有物件かといった点もポイントになります。
上述の武富士事件では、日本での滞在が実家の一室であったのに対し、国外ではサービスアパートメントを2年契約で借りていたことも判断要素となりました。
また、別のケースでは海外でコンサルティング事業を営むコンサルタントが、国内でも事務所を持ち、また日本で暮らす家族のところに月一回の頻度で滞在していたものの、日本の住居が妻が会社から借りている社宅であったことや、コンサルティング業務も契約期間の大部分を国外で過ごしていたことなどから、非居住者という判決となった事例もあります。
ポイント④ 資産、国籍の場所
上記で参照した国税庁のタックスアンサーによると、住所を判定する上で、資産の所在や国籍もその根拠となるとされていますが、日本人であればそもそも国籍は日本ですし、資産の所在も事実上はあまり決め手にはならないと思われます。
ある一定規模の資産額以上になると資産の多くをその運用に適した場所に置いておくことの方が合理的ですので、必ずしも資産の多くが所在する国が生活の本拠とは言えず、資産の所在地と生活の実態との関連性が希薄となるためです。
過去の判例においても日本では国籍や資産の所在地を重視して判定されたケースはあまり多くないように思われます。
またこれらのポイント以外にも、最近の判決ではその根拠に住民票などの届出状況が勘案されていることを示したものもあります。
上記のように、未だ判定基準は完全に明確であるとは言えないものの、これまでの判例の積み重ねによってある程度は事前に居住地を判定して課税関係を整理しておくことが可能だと言えると思います。